吉松文治訳纂『診断図説』(明治十二年刊)と大江億司写「診断図説 図譜」について」[ On the Book Shindan zusetsu (Illustrated Physical Diagnosis) and Ōe Okuji's Manuscript Copy

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Surviving source materials relating to education in 19th-century regional medical schools (igakkō) are rare, partly because a lack of interest among following generations, and partly because of the short life span of many of those institutions. Ōe

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  - 85 -   はじめに  明治初期に設立された地方の公立医学校の大半は短命に終わり、その教育内容を伝える教材や講義録の多くは失われてしまった。明治十九(一八八六)年に大分県立医学校を卒業した豊後中津出身の大江億司(一八六四~一九一九)は、伝統を重んずる家系に育ち、医学生時代の資料の一部を後世に残した。その中に「診断図説図式」(内題)という剪形解剖図入りの写本がある。同書の底本とされる吉松文治訳纂『診断図説図式』は、公共図書館などでの現存が確認できない。そのため本稿では、唯一の手がかりである億司の写本とその背景について明らかにしていきたい。  写本「診断図説 図式」の概要  大江億司が作成した写しは製本された和装本である。山吹色表紙の題簽に「診断学圖譜全」とだけ記されており、一丁目の標題紙は、聴診器や打診槌(反射ハンマー)、波線のデザイン的要素まで底本の姿を反映している。写本の寸法(二四二x一九五センチメートル)も底本と一致すると思われる(図二)。 「吉松文治訳纂診斷圖説圖式 明治十二年三月五日版權免許 汎愛閣藏梓 同十八年二月五日 大江範敏模冩」 図一 大江億司写「診断図説 図譜」(外題) (中津市大江医家史料館蔵)。 吉松文治訳纂『診断図説』(明治十二年刊)と   大江億司写「診断図説 図譜」について ミヒェル・ヴォルフガング  - 86 - 巻末に「製本所大分県大分町村上勘  兵 べ 衛  出店」とある。これは、慶長年間より京都で代々書籍商を営んでいた村上勘兵衛が豊後国に出店した「村上堂」のことである(図三)。 「診断図譜第一」は、骨や内臓の形に切った紙を重ねて貼り合わせたもので、外から順に「扉」を開いていくと体内の様子が見えてくる仕組みになっている。身体の背面は「図譜第二」で示され、第三図以降の図版は主に身体の局部図となっている。「第十七図」と「第廿図」には番号が付されている。最後に一連の医科器械と脈図が掲載されている 1 。・「複聴診器」[  b i  n a ur  al    s  t  e t h  o s  c  o p e 。一八五二 年、米国人医師カンマン(  G  e or  g eP h i  l  i   p p    C  amm an )の発明 2 ]・「アリソン氏之両聴診器」 [  S  omm er  vi  l  l   e    S  c  o t  t Al  i   s  on ’  s  d i  f  f   er  en t i   al    s  t  e t h  o s  c  o p e 。 図三 写本「診断図説 図式」の製本に用いられた村上堂の紙 (中津市大江医家史料館蔵)。 図二 大江億司写「診断図説 図式」(内題) (中津市大江医家史料館蔵)。  - 87 -  一八五八年の発明 3 ]・「尋常聴診器」・[単耳型聴診器]・「ハツクスレイ氏之聴診器」[ Th  om a s P  a t  on   H a wk  s l   e y ’     s  s  t  e t h  o s  c  o p e / F  unn el  -  s  c  o p e 。一八七三年に発表された金属製聴診器 4 ]・「ハッチソン氏之息定計」[  J  oh nH u t  c h i  n s  on ’     s     s  pi  r  om e t  er  。一八四六年の発明 5 ]・「息力計」[  Wi  l  l  i   amAl   ex an d  er H amm on d  ’     s    h  a em a d  yn am om e t  er  6 ] 「測計器」[ A u s  t i  nF l  i  n t  ’     s  c  yr  t  om e t  er  7 ]・「スコットアリソン氏之測胸器」 [  S  omm er  vi  l  l   e S  c  o t  t Al  i   s  on ’     s  s  t  e t h  o g oni   om e t  er     /  c h  e s  t  g oni   om e t  er  8 ]・「クイン氏之測胸器」 [ R i   c h  ar  d  Q u ai  n ’     s     s  t  e t h  om e t  er  9 ]・「描脉器」 [  s  ph  y gm o gr  a ph  。フランス人 医師マレー( É  t i   enn e-  J  ul   e s M ar  e y )の発明。 一八六〇年代 10 (図四)] これらの器械のほとんどは当時の新しい発明品である。 大江億司が参考にした底本は、大分県立医学校の校長がまとめた『大分縣病院兼醫學校第三次報告』(明治十九年刊)及び『大分縣病院兼醫學校第四次報告』(明治二十年刊)の「医 図四 エティエンヌ=ジュール・マレーの脈波記録計 ( É tienne Jules Marey: Physiologie médicale de la circulation. 1863, p.180)。  - 88 - 学校備附書籍表」に「診断図式」の書名で記載されている 11 。  吉松文治訳纂の『診断図説』  吉松文治に関する研究はないようだが、吉松家の由来について、文治の甥にあたる加藤時次郎(一八五八~一九三〇)はこう語っている。「私の生家は吉松といひ、本姓は源氏で、豊臣時代に土佐の吉松郡から此の地に移って来て、此処の城主に仕へたのであるが、城主の滅亡後、大小を捨てゝ医師になった。それは吉松の二代目か三代目かの時で、爾来郷土士分として郷党から尊敬せられた旧家である。吉松家では家督を継いで医師となった者は、代々文庵と名乗り、其の子は春軒と呼ぶ家風であった。安政年間文庵に四人の子があり、男女各々二人で、長女きく子に養子を迎へて其の間に二人の子が生まれたが、事情があって離別となり、其の後子供も二人ながら夭折した。そこで第二の養子として迎へられたのは加冶家の元簡といふ者で、これが即ち私の父である。[中略]当時祖父の実子二人は成長して医師となって居た…」 12  時次郎の祖父の実子二人のうちの一人が文治であった。東京に出た文治は、小倉篠崎村出身で幕府医官を務めていた著名な蘭方医林洞 ど 海(一八一三~一八九五)の門下生として医学の基礎知識を学んだ。明治初期、文治は師の依頼で東京府病院の医員となり、英国人外科医マンニング(  C h  ar l   e s  J  am e s M anni  n g , 1  8 4 1      − 1  8  9  8  )及びオランダ人内科医ブッケマ( T j   ar k  o Wi   e b  en g aB  e uk  em a , 1  8  3  8      − 1  9 2  5  )の指導を受けながら、さらなる治療経験を積んだ。数年後、文治は職を辞し、日本橋区薬研堀町に医院を開いた。内科にも外科にも精通していたとの評価がある 13 。加藤時次郎が上京した明治八(一八七五)年に、叔父文治はすでに開業していた 14 。 本稿で取り上げた『診断図説』以外にも、文治の訳書として次のものが名古屋大学にある。吉松文治訳『万国新治療年報』(第一巻)大磯町、吉松文治、明治三十一(一八九八)年刊。 文治の実子については不明である。養子として迎えた小倉出身の近藤駒 ぞ 造(一八五八~一九二三)は、明治二十二(一八八九)年、帝国大学医科大学の小児科を卒業し、ドイツ留学後 15 、日本橋浜町で吉松病院を経営しながら、宮内省侍医として皇族の治療に当たった 16 。 全国の医師がドイツ医学に目を向けていた時代に、吉松文治はあえて英語の文献を翻訳した。原書であるデラフィールド著の手引書が、わかりやすく便利な本であったこともある
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